2007年12月01日
家族の説明? Detalle de la familia
すかいさんからの要望で、家族構成の説明をします。
Como mi amiga Sukai me pidió que explicara la relación familiar (porque no entendía los artículos), les presento a mi familia.
母の手紙は孫あてなので、孫から見た系図になっている(と思う)。なので、前回、母が「父石川清倹」と言っていたのは、私のおじい。この方です↓隣はおばあ(名前はモーサーかなぁカマレかなぁ)
Como la carta de mi madre está dedicada a sus nietos, los personajes se nombran desde el punto de vista de los nietos y de mi madre (creo). En el último artículo ella nombraba a su padre Seiken Ishikawa que vendría a ser mi abuelo. Está en la siguiente foto con mi abuela (se llamaba Moza o Kamare?)
で、夫というのは、「知新」私の父です。先にアルゼンチンでクリーニング屋を営んでいました。一人で寂しくなり、沖縄にいるお父さんお母さんに「お嫁さんが欲しい」と頼んだら、私の母が花嫁移民として送られました(贈られました?贈り物のような…簡単だね。今の時代じゃ…)。お見合い写真に使われたとされる写真です↓(あきさびよい!いっぺーじょーとー!ハンサム、ハンサム!)
Después aparece su esposo, Chishin, quien es mi padre. Había emigrado a Argentina antes que mi madre y administraba una tintorería. Se sintió un poco solo y entonces le dijo a sus padres (mis abuelos) que estaban en Okinawa: “¡Quiero una esposa!” Y mis abuelos muy diligentemente, le enviaron una esposa, mi madre (“enviaron” o “regalaron”? qué fácil, no?). Esta es la foto que mi padre utilizó para presentarse ante mi madre (Akisamiyo! Qué facha! Alguien dijo que se parecía a Humphrey Bogart en Casablanca, ja, le faltó el sombrero)
そして、主人公の「治子」私の母です↓クリーニング屋で受付していました。当時スペイン語分からなかったから、受付カウンタに「妻はスペイン語を話せません」という看板があったそうです。(良くがんばったなぁ…
)
La protagonista del blog, Haruko, mi madre. Atendía en la tintorería y en los comienzos, como no sabía castellano, había un cartel en el mostrador que decía: “Mi señora no habla castellano” (pobre! Pero cómo aguantó....digo, sin hablar, je)
ちなみに、治子と知新の子供は4人。初めて沖縄を訪れたときに撮った写真(お正月だったみたい。すぐアルゼンチンに帰ったけど…何も覚えていない…)母は70年代スタイル、懐かしい。左から、Mおじさん(次男)、Iおばさん(長女)、母、Cおじさん(長男)、ちびは、Sおばさん(←ブログオーナー)
Y de paso, los 4 hijos de Chishin y Haruko. La foto fue tomada la primera vez que fuimos a Okinawa (parece que fue en año nuevo, aunque después volvimos enseguida a Argentina...no me acuerdo nada). Mi madre tiene el estilo de los años 70, je. De izquierda a derecha, tío M (2do hijo), tía I (1er hija), mi madre, tío C (1er hijo), y la más chica, tía S (administradora del blog).
少し分かりましたか?前回の記事では、妻を亡くした私のおじい(清倹)がアルゼンチンに渡って、父に土下座して、沖縄に帰りましょうと頼んだようです。しかし、父は南米に夢を抱いていたし、おじいにお世話になるのも気が乗らなかったようです。それで、おじいは、再び、3ヶ月かけて船で沖縄に戻ったじゃ…おじい!一人ぼっちで、寂しかったねぇ。泣けるぅ
ということで、短い家族の説明でした。
記事を書きながら、涙を流すSおばさんでした…
スペイン語訳できましたMおじさん、Iおばさん、Cおじさん、お待たせ
Bueno, espero que ahora se haya entendido mejor....aunque la vieja salte con sus temas hasta la Quiaca, ya sabemos de quien se trata. En japonés volví a poner la historia del abuelo que fue y volvió solito, pobre....se me caían las lágrimas de solo tipear
Ta la próxima!
1957年~1964年まで、私の兄がブラジルに居ました。アルゼンチンに近い、アグアスの滝の近くで、ジャングルを開拓したりしていた。子供の頃、母の手紙を私が代筆していました。ブラジルのサンパウロには今も叔母が住んでいます。今年ブラジル移民100周年だと云うので、ブラジルに行くと云っていました。
私の部落から、アルゼンチンに行った人が居ます。屋宜さんといいます。
パリでその息子の屋宜セイコウさんにあいました。彼は絵描きです。フランスに20年ほど住んでいました。
私がパリに行って、翌年アルゼンチンに帰りましたがなくなりました。彼らもクリーニング屋さんをしていたそうです。きっと貴方のご両親はご存知かも知れません。
沖縄に居る彫刻家のゴヤ・フリオさんはよく知っています。ご存知ですか。

コメントありがとうございます。お兄さんがブラジルに行っていたんですね。イグアスの滝の近くでしたら、きっと苦労された方ですね。本当にジャングルで、あの頃は余計大変でしたでしょうね。ブラジルやボリビアから逃げてきた人がアルゼンチンに多いです。アルゼンチンは幸い呼び寄せ移民だったので、開拓のための移民ではなかったです。苦労はしているけど、ジャングルの開拓者に比べるとずっと良かったと思います。
そうです、アルゼンチンのウチナーンチュは殆どクリーニング屋さんなんです。言葉が分からなくても、できるというメリットがあって、移民の先輩達に教われて開業をした人が殆どです。
屋宜さんていう方はいますけど、セイコウさんは知りませんね。私の両親は分かると思います。県人会の団結力は凄いので...しかし、パリで出会うなんて、縁ですね。
ゴヤ・フリオさんも分かりますよ。時々、アルゼンチン人の集まりで会います。彼も頑張っていますね。
凄い!芸術家の世界ですね。かじまやぁさんにコメントいただけるなんて光栄です。

私も突然仕事でスペイン語使わなきゃいけない状況が発生して焦ってます
みんな私のレベル知らなさすぎ・・・
でもそこは頑張り屋のスカイですから、みんなの期待を裏切らないように頑張ってお勉強するつもりです★ SMYさんのブログ、3行くらい読んで力つきたけど(>_<)
ところで
Que bonita tu mama y que bonito tu papa!!
Que ciquitita tia S (*^_^*)

Gracias por el mensaje!
理解できないのは、私の日本語力が十分じゃないからだと思います。スペイン語は自信ありますので、そちらの方を読んでみたら、分かりやすいと思います。

Que familia, eh!!! Aunque me da un poco de verguenza verme con todos los pelos revueltos y que chiquitos eramos.
Segui gambatteando que te apoyo desde lejos.
Un besote de Isa
Siii, que familia! Pero estabamos todos comicos, no? El pelo de tio M estaria tan corto q parece un gorrito de banho, je. Mami tiene los pelos parados, ni siquiera tiempo de peinarse. Y yo envuelta con un monton de cintas, no habria "obi" para mi medida, je. El mas decente parece tio C, aunque su pantalon esta medio raro, je...
