2008年02月20日

日系人のアイデンティティー Identidad nikkei

日系人のアイデンティティー Identidad nikkei日系人のアイデンティティー Identidad nikkei

また久々で~す汗
去る2月17日に新しい沖縄県立博物館・美術館にて、「移動と表現-変容する身体・言語・文化-」というテーマで国際フォーラム開催されました。入場無料で素晴らしいイベントでしたが、宣伝不足のせいか200席は埋まっていませんでした。
出演者は、アルゼンチン県系3世のマキシミリアーノ又吉、著書「Gaijin」でメキシコ国立自治大学アルファグアラ文学賞受賞、アルゼンチン県系2世のガニコ・ミゲル・アンヘル、フランス在住の舞踊家、アルゼンチン県系2世のゴヤ・フリオ、沖縄在住の彫刻家、沖縄県生まれフランス在住のアリエ・マキ、絵画・空間演出のアーティスト、そして、ペルー県系3世のアルベルト城間、沖縄在住のミュージシャン、素晴らしいパネリストの方々でした。
フォーラムのパンフより「沖縄は海外に36万余りの県系人を有し、文化が移動し、各国の文化と融合し、新たな沖縄文化が生まれ、複数のアイデンティティーが表れる」。
日系人のアイデンティティー Identidad nikkei
私は日系人として、一番感動したのは、やっぱり日系人の言葉でした。日系は誰もがアイデンティティーの問題を抱える人です。私も沖縄に来た最初の目的はルーツ探し、つまり、自分探しでした。

基調報告では、又吉マキシミリアーノの言葉に頷いてしまう発言度々ありました。彼は、沖縄からアルゼンチンに渡ったお父さんのことを小説に書き、スペイン語圏諸国で有名な文学賞を受賞しました。何と23歳でした。本には、日系人なら誰もが書きたいくらい父の歴史がきれいな文体で述べられています。残念ながら、日本語訳はありません。
彼は、最初に自分が周りと違うと気づかされた出来事を書き写します↓
「アルゼンチンの保育園で、ある日、ずっと『ウ○コ』と言っていたのですが、誰にも通じませんでした。とうとうトイレに間に合いませんでした。その日の午後、母は『ウ○コ』という言葉は日本語でトイレに行きたいという意味だと保育園の人たちに説明しました。しかし、私には説明してくれませんでした。」
彼は日本語で話していたことはスペイン語だと勘違いし、言葉の違いに気づいた瞬間でした。
そして、私とぴったりという経験も述べました↓
「小学校の時には、毎日一人あるいは数人の子供と喧嘩をしました。それは、彼らが私を差別したからであり、そして、私は学校でたった一人の東洋人の顔をしていたからです。私が他人にどのように見えたか実感させられました。日本人の顔をしていることが嫌になりました。私のルーツに怒りを感じたということではありませんでしたが、居心地の悪さを感じました。そして、家族と話すことができませんでした。本当にあの時期は幸せではありませんでした。」
私もその通りでした。でも、成長していくにつれて、両親の苦労や愛を感じながら、私はプライドを持って、逆に二つの文化・視点をもち、周りの人より得したと常に思います(個人的な想いです)。

講演の最後に質問に対する答えも非常に面白い。質問は「あなたは何人だと思いますか?」でした。彼はこう答えました。「私はこう答えると思います。第1親の子です。第2友人の友人です。第3恋人の恋人です。最後はアルゼンチン人です。愛国心というものはあまりないので、アルゼンチン国籍はパスポートを作るためのようなものです」

他のパネリストも面白いことを言っていました。ミゲル・アンヘルは自分探しまだまだ続けており、平和を求め、何人っていうより、ただの地球人或いは宇宙人になりたいと言っていました。うん、芸術家の発想だなぁキラキラ 

書きたいことがたくさんありますが、脳細胞の限界と日記の長文はあまり好みではありません(なのに、いつも長い汗)。
深い話になりましたが、忘れそうな自分のアイデンティティーを素晴らしいパネリストと共感できて、幸せでした。
泣きましたよ...相変わらず汗

マキシミリアーノ又吉の唯一見つけた日本語記事↓
http://www.nikkeyshimbun.com.br/030801-72colonia.html

アルゼンチン人として受賞しているので、スペイン語圏の新聞では多く取り上げられています↓(スペイン語のみ)
http://www.lanacion.com.ar/archivo/Nota.asp?nota_id=463422
http://www.almargen.com.ar/sitio/seccion/entrevistas/matayoshi/index.html

本の紹介↓スペイン語のみ
http://www.alfaguara.com.ar/libro.asp?id=171

彼の面白い短編↓スペイン語のみ
http://www.diarioperfil.com.ar/edimp/0151/cul_001.html#sigue
  




Posted by SMY at 23:14│Comments(6)
この記事へのコメント
お久しぶりです。
このイベント、日曜日の新聞に小さく紹介されていましたが、
予定があって行けませんでした・・・
告知不足、もったいないですよね~。
でも、ここで少し内容がわかったので、よかったです。
ありがとうございます。
Posted by すみれ at 2008年02月21日 21:22
すみれさん>

久しぶりです!ブログ怠けモードです(~_~;)
残念ですね。会えたかもしれませんね。
本当にもったいないです。私は何名かの友達と1時間前に行きましたよ。
アルベルトが出るので、きっと混んでると思いました。予想ハズレでした。

アルベルトも面白いことを言いましたよ。彼は沖縄に来るまで、沖縄のこと何も知りませんでした。お爺さんは一世で、戦争で辛い想いをしたので、沖縄のことを隠し、一切話しはしませんでした。なので、アルベルトは沖縄=日本のイメージを持っていたそうです。そして、第2次世界大戦の時、ペルーはアメリカに同盟したので、ペルー在住の日系人は全て収容所に送り込まれました。戦後解放された日系人は、日本人であることを隠すため、サングラスをかけていたと言っていました。悲しいです。歴史が違うのでペルー日系のアイデンティティーも複雑だっただろうなと思いました。

とても有意義な講演会でした。

すみれさんのところにも遊びに行きます。
Posted by SMYSMY at 2008年02月21日 22:57
Hace tiempo. Ojalá q' estés bien.

沖縄で生まれて、13歳でボリヴィアに行き、17歳の時に単身でアメリカに来た私も、2世の人達とは違いますが、アイデンティティーの曖昧さは感じます。「俺は地球人だ」とは、私もかなり昔から言っています。そうか、芸術家の発想なんですね(笑)。
Posted by ShinnboneShinnbone at 2008年02月23日 12:18
Shinnboneさん>>

Que tal? Tanto tiempo, no? Es que estoy de vaga y no quiero escribir en japones.....tipica latina^^;

アイデンティティーというのは、色んな人達が求めているじゃないかと思いました。アメリカ人と日本人の親をもった方が講演会場にいて、こんな質問を投げかけました。「皆さんにとって、沖縄は何ですか?私は未だに沖縄何なのか分かりません」。この方もアイデンティティーを探し続けているようです。

「地球人」は私も言っていました!日本とアルゼンチンのアイデンティティー問題だけじゃなくて、世界で多く見られる紛争で、私は国境や国旗などなければいいのにと思っていました。

芸術家発想と思ったのは、「宇宙人」です^^;でも、Shinnboneさんも芸術家ですよね(^^)v
Posted by SMYSMY at 2008年02月23日 12:40
はじめまして。
素敵なブログですね。
ちょくちょくのぞかせてもらっています。
私もその国際フォーラムに参加したかったです。
日系人、アイデンティティー、日系社会などにとても興味があります。

これからもコメントは書かないかもしれませんが、閲覧させてくださいね。
Posted by マナティ at 2008年02月28日 07:17
マナティさん>>

めんそーれです!
素敵なブログって言われると本当に光栄で、嬉しいです。
なかなか更新ができなくて、申し訳ないです。

国際フォーラム本当に良かったです。ただ、いろんな人に聞かせたかったので、告知不足が残念です。私は日系人なので、情報は流れてきてラッキーでした。
立派な県立博物館・美術館ができたので、これから多彩な企画を期待しています。(関係者にお願いします!)

いつでも遊びにきてください。よろしくです!
Posted by SMYSMY at 2008年02月28日 15:15
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何故ブログを?
このブログは私の母が綴った孫たちへの長い手紙です。戦後間もない頃、沖縄から花嫁移民としてアルゼンチンへ渡った母の自分史のようなものです。その苦労や喜びを皆さんと分かち合いたいので、このブログを立ち上げることにしました。また、日本語が読めない私の兄弟や甥姪たちのためにスペイン語訳もつけておきます。このブログは、(もちろん)母を初め、家族の皆さん、そして、読んでいただけているあなたにも捧げます。

El por qué de este blog.

Después de la Segunda Guerra Mundial, Okinawa habia sido devastada obligando a muchos a emigrar hacia tierras muy lejanas como Latinoamérica. Este Blog se basa en una extensa carta que mi madre dedicó a sus nietos. Una carta que narra su vida desde su partida de su tierra natal, Okinawa, hasta estos días en Argentina (2001). Quería compartir con todos ustedes esas adversidades y alegrías que describe mi madre, y a la vez darles la oportunidad a mis hermanos y mis sobrinos de leer su historia en castellano. Dedico este Blog a mi madre en especial, mi familia, y a Ud. cibernauta por estar leyendo.
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