2008年04月06日

沖縄尚学、野球だけじゃない Mas q baseball

沖尚ナイン優勝おめでとう!ハート

金曜日は仕事中でも皆で応援。その間電話も鳴らない(皆、仕事してないでしょう?)。高校野球を皆で応援すること沖縄のルールだそうです。うちの職場は県外の職員も多いので、不思議そうに「沖縄のルール」を受け止めていた。その上、他の都道府県でも沖縄のような熱心さ(愛国心ではないけど、何というのかな?)があって欲しいと誰かが言っていた。確かに沖縄は熱い!炎
で、高校野球は沖縄の試合のみNHKだけじゃなくて民放のチャンネルでも放送さるますよね。これって沖縄だけ(ウチナービケン)?臨時便が出たのも、沖縄だけ?汗

沖尚は素晴らしいプレーヤーで精神的に強い感じがした。伝説を作った若い監督も9年前の優勝を思い出したのかな?感動にあふれていたね。
ニュース↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080405-00000002-maip-base



でも沖尚は野球だけじゃない…
先月、沖尚の沖縄県人アルゼンチン移住100周年チャリティー公演へ行ってきた。その収益は、アルゼンチンで建設予定の日系人老後施設に寄付された。
学校には地域国際交流クラブというのがあって、地域社会活動、国際ボランティア、県外・海外との交流活動などを行っているようです。
チャリティでは、バイオリンとピアノの演奏や沖縄伝統芸能のエイサー、台湾アミ族民俗舞踊、アルゼンチン民俗舞踊(上の写真)、北海道のよさこいソーランなどが披露された。学園祭に思われるが、全然レベルが違います。高校生に思えない本格的な演出。一番感動したのは、やっぱり劇でしたタラ~「アルゼンチンの黄色いハンカチ」という劇で、花嫁移民の話でした。私の母も花嫁移民なので、想いが重なって、涙。花嫁移民でアルゼンチンに送られた金城安子は、山村一郎と結ばれる。幸せな生活をおくる二人だけど、山村が酔っ払っている時に人と喧嘩して、刑務所に送られる。その間、生活ができなくて、安子は沖縄に戻る。刑を終えた山村は、安子のこと忘れられなくて、彼女に手紙を書いた。「沖縄に行くので、もしまだ一人身であれば、家の外に黄色いハンカチをあげてください。ハンカチがなければ、僕はそのまま帰ります。」と書いた。そしたら、最後のシーンが下の写真でした。皆、泣いたよ~。黄色いハンカチがずらりと飾れていたよ。二人は元の夫婦になってアルゼンチンに帰り、ハッピーな生活を送った。
劇もそうだけど、手作りの絵に一生懸命ハンカチを飾っていった生徒を思うと余計感動しちゃったキラキラ 


「沖尚のヒットいつまでも終わらない」と試合を見ながら職場の人が言っていた。なるほど、野球だけじゃなく、色んなことに挑戦する沖尚の生徒も終わらないかもGOOD
そんな沖尚にダブル感動をありがとう!サクラ 



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http://chopiy.ti-da.net/t2067124
この記事へのコメント
 私も、春のセンバツ期間中はインターネットで
 速報をチェックしていました。
 やっぱり、私もウチナーンチュなんだと思います。

 準決勝の時は、コロンビアの友人(日本人)が
 試合中継を電話でしてくれて
 さらには 
 沖尚が優勝した瞬間、(こっちは夜中だったんですけど)
 他の隊員(日本人)から電話が掛かってきました。
 

 私も、頑張ろうと思いましたよ。
Posted by  Nao  Nao  at 2008年05月14日 00:12
 私も、春のセンバツ期間中はインターネットで
 速報をチェックしていました。
 やっぱり、私もウチナーンチュなんだと思います。

 準決勝の時は、コロンビアの友人(日本人)が
 試合中継を電話でしてくれて
 さらには 
 沖尚が優勝した瞬間、(こっちは夜中だったんですけど)
 他の隊員(日本人)から電話が掛かってきました。
 

 私も、頑張ろうと思いましたよ。
Posted by  Nao  Nao  at 2008年05月14日 00:13
 私も、春のセンバツ期間中はインターネットで
 速報をチェックしていました。
 やっぱり、私もウチナーンチュなんだと思います。

 準決勝の時は、コロンビアの友人(日本人)が
 試合中継を電話でしてくれて
 さらには 
 沖尚が優勝した瞬間、(こっちは夜中だったんですけど)
 他の隊員(日本人)から電話が掛かってきました。
 

 私も、頑張ろうと思いましたよ。
Posted by  Nao  Nao  at 2008年05月14日 00:13
 私も、春のセンバツ期間中はインターネットで
 速報をチェックしていました。
 やっぱり、私もウチナーンチュなんだと思います。

 準決勝の時は、コロンビアの友人(日本人)が
 試合中継を電話でしてくれて
 さらには 
 沖尚が優勝した瞬間、(こっちは夜中だったんですけど)
 他の隊員(日本人)から電話が掛かってきました。
 

 私も、頑張ろうと思いましたよ。
Posted by  Nao  Nao  at 2008年05月14日 00:13
すいません、

パソコンが誤作動で
同じコメントが4連発です。

すいません、消してください・・・
Posted by  Nao  Nao  at 2008年05月14日 00:15
>Naoさん

Muchas gracias por tu comentario!
すみません、連発のコメントを見て爆笑しました。失礼(笑)
でも、ニカラグアからコメント書くなんてやっぱり4つのコメントそのまま残した方がいいのかなと思ったりします(^_^)v

やっぱり、ウチナーンチュは高校野球ですよね?皆で応援、一番楽しいです。しかし、電話で中継ってamigosに感謝ですね。

その日は飲み会があって、居酒屋がいっぱい!沖尚優勝ビールサービスやっていましたよ。沖縄っていいね。

はい!沖尚の子供達に負けないように頑張ってください!Animo!
Posted by SMY at 2008年05月14日 20:15
 

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↑若い頃の母の写真です ↑Foto de mi madre adolescente 何故ブログを? このブログは私の母が綴った孫たちへの長い手紙です。戦後間もない頃、沖縄から花嫁移民としてアルゼンチンへ渡った母の自分史のようなものです。その苦労や喜びを皆さんと分かち合いたいので、このブログを立ち上げることにしました。また、日本語が読めない私の兄弟や甥姪たちのためにスペイン語訳もつけておきます。このブログは、(もちろん)母を初め、家族の皆さん、そして、読んでいただけているあなたにも捧げます。 El por qué de este blog. Después de la Segunda Guerra Mundial, Okinawa habia sido devastada obligando a muchos a emigrar hacia tierras muy lejanas como Latinoamérica. Este Blog se basa en una extensa carta que mi madre dedicó a sus nietos. Una carta que narra su vida desde su partida de su tierra natal, Okinawa, hasta estos días en Argentina (2001). Quería compartir con todos ustedes esas adversidades y alegrías que describe mi madre, y a la vez darles la oportunidad a mis hermanos y mis sobrinos de leer su historia en castellano. Dedico este Blog a mi madre en especial, mi familia, y a Ud. cibernauta por estar leyendo.
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